佐賀地方裁判所唐津支部 昭和31年(ワ)18号 判決 1958年12月03日
原告 国
訴訟代理人 小林定人 外一名
被告 唐津カメラ有限会社 外一名
主文
一、訴外有限会社光カメラ商会が、昭和三〇年二月二〇日別紙目録(一)及び(二)記載の物件につき、被告唐津カメラ有限会社との間になした売買契約はこれを取消す。
二、被告唐津カメラ有限会社は、原告に対し金七八六、五九八円を支払うこと。
三、被告山田参吉は(訴外有限会社光カメラ商会に対し、別紙目録(一)記載の建物につき各所有権移転登記手続をすること。
四、原告の被告唐津カメラ有限会社に対するその余の請求を棄却する。
五、訴訟貸用は被告等の負担とする。
六、この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実
原告指定代理人は「訴外有限会社光カメラ商会が昭和三〇年二月二〇日、別紙目録(一)及び(二)記載の物件につき、被告唐津カメラ有限会社との間になした売買契約はこれを取消す。被告唐津カメラ有限会社は原告に対し金一、一五六、三八九円及びこれに対する昭和三一年三月一四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うこと。被告山田参吉は訴外有限会社光カメラ商会に対し別紙目録(一)記載の建物につき各所有権移転登記手続をすること」との判決、並びに第二項につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、唐津市木綿町一、九七〇番地訴外有限会社光カメラ商会(旧有限会社唐津カメラが昭和三〇年二月五日商号変更したもの)は、昭和三〇年二月二〇日現在において、左記のとおり、源泉所得税及び法人税合計金一、二五一、五四〇円を滞納しているものである。
年度
税目
事業年度
法定納期限
本税
加算税
利子税
計
昭和二九
源泉
所得税
自二八、八、一
至二九、七、三一
二九、八、一〇
三一、八〇〇
八、〇〇〇
二、四一〇
四一、二一〇
〃
法人税
自二七、八、一
至二八、七、三一
二八、九、三〇
二五一、〇〇〇
一二六、〇〇〇
五一、二〇〇
四二九、二〇〇
〃
〃
自二八、八、一
至二九、七、三一
二九、九、三〇
四九七、〇七〇
二五四、六四〇
二八、四二〇
七八〇、一三〇
合計
七八〇、八七〇
三八八、六四〇
八二、〇三〇
一、二五一、五四〇
二、しかるに、同訴外会社は昭和三〇年二月二〇日右国税の滞納処分による差押を免れるため、故意にその所有する全資産である別紙目録記載の物件を被告唐津カメラ有限会社に売渡した。
三、しかして、前記売買物件中、別紙目録(一)記載の建物は登記簿上、昭和三〇年二月五日訴外松本司郎次から被告山田参吉に売渡されたように記載されているが、この記載は真実の権利関係と符合しないものである。即ち、別紙目録(一)の(イ)建物は昭和二八年八月頃、また同(ロ)の建物は同年四月頃、いずれも滞納者訴外有限会社光カメラ商会が建築してその所有権を取得したものであつたのに拘らず、所有者でもない同訴外会社取締役松本司郎次が自己のため(イ)の建物については昭和二九年六月二三日、(ロ)については昭和三〇年二月八日それぞれ虚偽の所有権保存登記をなし、さらにいずれも昭和三〇年二月八日なんら所有権を取得しない被告唐津カメラ有限会社取締役被告山田参吉名義にそれぞれ売買による所有権移転登記を経由した。即ち、本件建物の真実の所有者は被告唐津カメラ有限会社であるが、登記簿上は前記の如く記載され、実体上の権利関係と一致していなかつた。
四、よつて、原告は被告唐津カメラ有限会社に対し第一項記載の国税を徴収するため国税徴収法第一五条にもとづき右訴外会社のなした前記売買を消消し、別紙目録(二)記載の什器、備品、及び商品は既に他に売却され、毀滅し、あるいは他の物件と混同して現在特定することができず、その返還を求めることが不可能であるから、これに代る損害賠償としてその売買価格金一、一五六、三八九円、及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三一年三月一四日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告山田に対しては本件建物に関する前記各登記を実体関係に符合させるため(本件取消によりその所有権は被告会社から訴外会社に復帰)訴外有限会社光カメラ商会に代位して所有権移転登記手続を求める。
なお、被告等の主張事実はすべて否認すると述べ、
被告等訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め答弁として、次のとおり述べた。
一、原告主張事実に対し
(一)第一項の事実はすべて不知。
(二)第二項の事実中訴外有限会社光カメラ商会が原告主張の日時、訴外会社の全資産である主張の物件を被告会社に売渡したことは認めるが、それが訴外会社が原告主張の国税に関する滞納処分による差押を免れるためであつたか否かは不知。
(三)第三項の事実はすべて認める。
二、仮に訴外会社が差押を免れるため故意に本件物件を売渡したものであるとしても、買受人である被告会社は当時その情を全く知らなかつたのであるから原告から右売買の取消を請求される理由はない。
三、仮に被告会社においてその情を知つていたとしても被告会社が賠償すべき損害額は争う。即ち
(一)本件売買契約取消の結果、別紙目録(一)記載の不動産は訴外会社の所有に帰するから、昭和三二年二月二〇日当時の原告の訴外会社に対する債権額から前記不動産の評価額を控除した残額の範囲内において、原告は被告会社に賠償を請求すべきである。
(二)又別紙目録(二)記載の動産の返還に代る賠償額は本件弁論終
結当時の価額を基準とすべく原告主張のように本件売買当
時の価額を基準とすべきではない。
立証<省略>
理由
唐津市木綿町一、九七〇番地訴外有限会社光カメラ商会(旧有限会社唐津カメラが昭和三〇年二月五日商号変更したもの)が、昭和三〇年二月二〇日被告会社に対し、その全資産である別紙目録記載の物件を売渡し、訴外会社はその所有資産のすべてを喪失したことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一号証、第六号証、乙第一号証、第三号証、第四号証を綜合すると、訴外会社は右売買の行われた前記昭和三〇年二月二〇日現在において、原告に対し、原告主張のとおりの源泉所得税及び法人税(加算税、利子税も含む)合計金一、二五一、五四〇円を滞納していた事実を認めることができる。
そこで、右売買が国税滞納処分による差押を免れるため故意になされたものであるか否かについて検討するに
(一)訴外会社が本件売買により全資産を被告会社に売渡したものであることは冒頭認定のとおりであり
(二)証人立石実の証言、成立に争いがない甲第一一号証の一ないし一六、同第一二号証の一ないし四を綜合すると、昭和三〇年一月二三日、二四日の両日にわたり大蔵事務官立石実担当で唐津税務署の訴外会社に対するその昭和二八年八月一日以降同二九年七月三一日までの事業年度法人税の調査が行われ、取引銀行である福岡銀行唐津支店の調査の結果、簿外預金一、七五〇、〇〇〇円が発見されたので、訴外会社代表者松本司郎次に簿外の仕入、売上額につき自発的呈示を求めたところ、同人は昭和三〇年一月二八日頃、メーカーからの現金仕入洩三、四件、金額にして金三、七〇〇、〇〇〇円ないし三、八〇〇、〇〇〇円の脱漏を任意に呈示して来た。その結果同年二月二日同事業年度分の更正決定の決裁を終り、二月末頃その通知がなされた。
しかも、右は昭和二八年八月一日から昭和二九年七月三一日までの事業年度に関してなされたものであるけれども、簿外預金の関係から脱漏が前事業年度に遡ることは当時訴外会社にも充分予想され得るに至つた。(なお、その再更正決定も同年二月二八日頃なされた)という事実が認められ
(三)次に、本件売買の動機につき、訴外会社代表者松本司郎次は当公廷において「当時自分は神経衰弱にかかり胃酸過多症で、そのまま経営を続けると病気が悪化するおそれがあつたので本件売買を決意した」と証言しているが、医師の治療を受けていなかつたことは同人の認めるところであり、証人雪竹正俊、同立石実の証言によると当時松本は肥えて健康そうで経営が続けられないほどの病身ではなかつた事実が認められるうえ(当公廷における松本の供述態度には病人らしい節はみぢんも認められないのみならず、更に証人辻健治の証言によると、訴外会社には現在被告会社の営業をほとんど一人で担当している辻健治が監査役として松本と同額に近い出資をしていたので同人に当分の間営業をまかせようとすればまかせられる状況にあり、単に病気の故に本件売買をする必要はなかつた事実をも認められるから、松本の前記供述はとうてい措信できず、他に本件売買の動機につき首肯できる事情を認める立証はなく
(四)さらに、成立に争いのない甲第二号証、第三号証、第八号証に、証人松本司郎次、同辻健治の各証言を綜合すると、訴外会社は昭和二四年八月五日有限会社唐津カメラの商号で本店を唐津市呉服町一、八二〇番地に設け、写真機、写真材料の販売等を目的として開業されたが、本件売買成立の日(昭和三〇年二月二〇日)の直前である同月五日突如として商号を前記のとおり有限会社光カメラ商会と変更し、本店も同市木綿町一、九七〇番地に移転し、本件売買後はなんらの営業もしていないこと、一方被告会社は同月一八日訴外会社の旧商号類似の唐津カメラ有限会社の名称で設立され、本件売買により訴外会社の全資産を引受けるとともに、従業員もそのまま引継ぎ、訴外会社の旧営業所でそのまま営業をはじめて現在に及んでいる事実を認めることができ、又訴外会社が従来本店を設け営業して来た唐津市呉服町一、八二〇番が唐津市の中心的繁華界にあり、営業的価値の最も大きい地点であり、又当時我国の写真機及びその材料等の販売ならびにこれに伴う事業が決して不況ではないこと(訴外会社が特に営業不振であつた事実を認める立証もない)は公知の事実であり、以上の各事実に、前項認定の各事実をあわせ考えると、前記訴外会社の商号変更、本店設置場所の移転、被告会社の設立ならびに本件売買はすべて一連の行為で実質的には営業の譲渡でありながら、訴外会社の滞納税による譲受資産に対する差押を免れるため、わざわざ会社資産の譲渡、使用人の引継、商号の変更等の苦肉の策をとつたものであることが窺われ
(五)証人大木喜代二、同松本司郎次の各証言を綜合すれば、被告会社の取締役となつた大木喜代二はもともと同業の写真機商で訴外会社代表者松本司郎次とは昭和一〇年頃から交際している親しい関係にあつた事実が認められるので、右大木としては訴外会社の資産状況は充分察知しえたものであるごとが窺われ
(六)以上認定の各事実に更に弁論の全趣旨より認められる訴外会社がその全資産を売渡しておきながら、今日に至るもその滞納税金を納付していない事実をあわせ考えると、訴外会社はその国税滞納処分による差押を免れるため故意に本件売買をしたものと認めざるを得ず、本件証拠中以上認定を覆すに足りる立証はない。
次に、受益者たる被告会社は、詐害の意思の有無につき善意であつた旨主張するけれども、被告会社代表者山田参吉本人訊問の結果及び証人大木喜代二の証言中右主張に副う供述部分は前段認定(四)、(五)の各事実に照し、にわかに措信し難く、他に右主張事実巻認定するに足りる立証はない。
そうすると、原告は国税徴収法第一五条によりその取消を求め得べきものであり、その取消の範囲は原則として、本件滞納税徴収権を保全する限度に限られるべきものであるところ、本件保全税額は金一、二五一、五四〇円であることは前認定のとおりであり、又別紙目録(一)記載の本件建物は鑑定人中島寿一の鑑定の結果、ならびに成立に争いのない甲第五号証を綜合すれば、口頭弁論終結当時少くとも金四五〇、〇〇〇円の価格を有することが認められ(なお、成立に争いのない甲第九号証によると本件建物には債権極度元本額金四〇〇、〇〇〇円の根抵当権が設定されているが、右特別担保が本件国税に優先する証拠はないので、その特別担保額を控除しない)、又鑑定人阿部栄助の鑑定の結果によると、別紙目録(二)の什器、備品、商品等の価格は口頭弁論終結時において金七八六、五九八円であることを認めることができるから結局本件においてその取消の範囲は本件売買の全部に及ぶものと云わなければならない。
以上のとおりであるから、訴外会社と被告会社との間になされた本件売買は詐害行為として全部取消しを免れない。そして、請求原因第三項の事実はすべて当事者間に争いがないから、本件建物は右取消の結果、訴外会社の一般財産に帰したことになるので、登記簿上その所有名義人となつている被告山田は真正の所有者である訴外会社に対しその所有権の公示に協力すべき義務があり、真正の所有者である訴外会社はその所有権に基き所有名義人である被告山田に所有権移転登記の請求をなしうるものであるから、被告山田は訴外会社に代位する原告の本訴請求に応じ、訴外会社に対し主文第三項掲記の登記義務が存し、又本件動産の什器、備品、商品等はすべて他に売却され、毀損し、或いは他の物件と混同し、現在特定不能であることは当事者間に争いがないから、被告会社は右取消の結果その返還に代えその価格に相当する損害を賠償すべき義務があることは明白である。ところで、右賠償額につき原告は詐害行為当時の価格を標準とすべきものと主張しているが、当裁判所はその価格は、口頭弁論終結当時の価格に拠るべきものと解する。蓋し、本件詐害行為の取消はこれをなす判決の確定によりはじめて効力を生ずるものであり、又詐害行為め取消により相手方に対して処分された財産自体の返還を請求できる場合には原則としてこれを請求すべきで、濫りにその財産の評価額の返還を請求すべきではなく、唯例外的に本件のような特別事清の存する場合に限りその目的物の返還に代えてその価格に相当する額の返還を請求できるものであるから、その評価額はあくまで目的物それ自身に代るものとして返還すべき時に接着せる口頭弁論終結時の価格を基準とするのが寔に相当であるからである。而して右物件の口頭弁論終結当時の価格が金七八六、五九八円であることは前認定のとおりであるから、被告会社は原告に対し右物件に代えてその価格に相当する同額の賠償をなすべき義務が存するものといわなければならない。
よつて、本訴請求中主文第一ないし第三項掲記のとおり、本件売買の取消、及びこれに基く金七八六、五九八円の支払(なお、原告は右金員に対する訴状送達の翌日から年六分の遅延損害金をも請求しているが、取消の効果が本件判決確定によりはじめて効力を生ずるものであることは前記のとおりであるから、右請求は失当である)及び不動産の所有権移転登記手続を求める部分は正当として認容し、爾余の部分は失当として棄却することとし、民事訴訟法第八九条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古川初男 松村利智 橋本達彦)
別紙目録(一)(二)<省略>